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ご挨拶
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| 奔放日記の著者で、 オネストン株式会社 代表取締役会長 佐々木 正喜は 2012年9月13日に永眠いたしました。 これまでご愛読いただいた皆さまに感謝するとともに、 会長を偲び、この奔放日記を読み返していただけますと 幸いに存じます。 オネストン株式会社 代表取締役社長 鈴木 良博 |
..2012年 10月 29日 (Mon) |
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沖縄復帰40周年
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| 戦後27年にわたってアメリカの統治下にあった沖縄が、日本に復帰して40年が経ちました。学生時代の頃、沖縄出身のクラスメートが1人いました。彼にパスポートを見せてもらったことがあります。同じ日本人なのにパスポートを持っていることに違和感を感じていましたが、その当時の沖縄は今と違って遠い国のような感じで受け止めていました。 アメリカの統治下にありましたから、ほとんどの法律はアメリカのものに従っていたのではないかと思います。道路交通法もその一つで、車は道路の右側を走っていました。それが日本復帰と同時に日本の道路交通法に従うことになりますから、ある日突然のように右側通行から左側通行に変更になります。混乱は大変なものだったと思います。 主食である米は日本本土からの輸入は禁止されていました。従ってアメリカ産米を輸入していました。カリフォルニアの農家は沖縄の人たちに合うジャポニカ種を生産して沖縄に向けて輸出していました。これも復帰と同時に禁止となりました。困ったのはカリフォルニアの農家でした。しかし、時を経て現在では日本酒もカリフォルニアで作られていますし、日本食ブームの中で寿司用として重宝されています。 沖縄の人にとって問題なのは基地の存在です。誰がこんな沖縄にしたと問いたい、という発言がありました。問うている人も問われている人も答は分かっていますが、答を声に出すことは控えています。中国が日本に対して真に友好的、平和的な国であれば、基地問題も大きく変わると思います。 |
..2012年 5月 16日 (Wed) |
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そろそろシュウカツしなければ
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| シュウカツは勿論就活ではなく、人生の終焉を迎えて円満な最後を迎えるために整理をしておく活動を意味します。 本社の建物を作って20年以上になります。新築のオフィスで仕事を始めた最初の日、ある金融機関から本社のすぐ近くの土地100余坪を買わないかという話が舞い込んできました。 何億かの借金を背負い込んだばかりなのにまた億に近い出費の話です。とりあえず詳細を聞いてみましたが、比較的安いことと社員の駐車場に使えるということで、即決で買う決心をしました。 この土地の持ち主は年配の女性でした。女性には主人がいましたが2年ほど前になくなり、土地を相続していました。ところがこの女性もまた他界されてしまいました。主人が亡くなったとき、他の相続資産もあって相当の相続税を払っていたようです。やっとの思いで支払いが終わったのにまた新たな相続が発生してしまいました。 家庭内の詳しい事情まで知る由もありません。従って批判めいたことを言うわけにはいきません。しかし、事前の検討を十分にしておけばこのようなことは防げたかもしれません。 相続は争続とも皮肉られています。相続資産が多いか少ないかには関係ないようです。それだけに終活は相続を受ける立場にいる人達との間で、きちんとしておかないと、相続によって兄弟姉妹の関係がかえって悪化してしまうこともよく耳にします。「みんな仲良く」では解決できないかもしれません。 |
..2012年 5月 14日 (Mon) |
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